デス・オーバチュア
第144話「魔皇降臨」




「塵芥(じんかい)ごときと引き分けるとはな……雑魚から塵芥に格下げして欲しいのか、白き雪よ?」
その男、黒い『ルーファス』と、本物のルーファスの差異は、主に三つあった。
一つ目は髪の色、彼の髪はルーファスの光り輝く金髪と違い、暗く輝く黒髪である。
二つ目は瞳の色、ルーファスの氷のように冷たく透き通るアイスブルーの瞳と違って、彼の瞳は夜よりも闇よりも深く暗い暗黒……ディープブラックだった。
最後の三つ目は肌の色、彼は、象牙のような白く繊細な肌のルーファスと違い、美しい褐色(黒く見えるほど深い藍色)の肌をしている。
他にも細かいところでは、額が見えるように前髪がかき上げらていることや、口元に浮かぶ笑みが、ルーファスの意地悪げでからかうような笑みと違い、常に他者を見下し嘲笑うような不遜な微笑だ……などという違いがあった。
「闇皇(あんおう)……ファージアス……」
フィノーラは残る力を振り絞って立ち上がりながら、黒き青年の名を口にする。
闇皇、主に魔眼皇(まがんおう)と呼ばれる、光皇(こうおう)と対を成す魔界の双神の一人、魔界の最上の支配者にして、全ての魔族の創造主だ。
「気安いぞ、様をつけろ、雑魚が!」
ファージアスは左手の親指で押さえていた人差し指を軽く弾く。
つまり、デコピンをしたのだ。
たったそれだけで、数メートル先に立っていたフィノーラが弾き飛ばされ、壁にめり込むように叩きつけられる。
「うっ……ぐっ……」
フィノーラは吐血しながらも、壁から離れ立ち上がった。
「ふん……」
ファージアスはフィノーラなど始めから眼中にないかのように無視し、視線を立ったまま気を失っているタナトスに向ける。
「なるほど……そういうことか……そうだな、取り返しのつかぬ障りとなる前に、一応消しておくか?」
瞬間、ファージアスの全身から爆発するように瘴気と暗黒闘気が溢れ出し、右手の拳に集束された。
「魔皇暗黒拳(まおうあんこくけん)!」
以前、琴姫が放った数倍の暗黒がファージアスの突きだした右拳から解き放たれる。
「できれば、あやつの目の前で反応を楽しみたかったのだがな……」
暗黒はタナトスを丸ごと呑み込もうと宙を駆け抜けた。
だが、暗黒がタナトスに到達する直前、巨大な水晶が出現し、タナトスを庇う盾となる。
水晶の巨盾は暗黒を物凄い速さで吸収し尽くし、黒く染まりきった。
「ジャブみたいな一発でもう吸収限界ギリギリか……」
黒い巨大水晶に亀裂が走り出したかと思うと、水晶は内側から爆発するように砕け散る。
「ふん、『混沌』か……久しく会わぬうちに、大分姿が変わったものだ」
「無窮なる暗黒よ……我を……地上を喰らいに来たか?」
水晶の爆発と共に、タナトスを庇うように姿を現したのは、ディスティーニ・スクルズことネヴァンと呼ばれる存在だった。
けれど、彼女の口から放たれる声は彼女のものであって、彼女のものではない。
「安心するがいい、我は地上(貴様)などに興味は欠片もない……もっとも、我が目的を果たす際に、地上が腐り果てるようとも、消し飛ぼうとも、同じく興味がないがな」
ファージアスはそう言うと、口元の嫌みな笑みを深めた。
「貴様……っ!」
「ほう、我とやるのか、混沌よ? そんな小さな器でどこまで我とやれるというのだ?」
「ほざけっ! 尖兵でしかないのは汝も同じであろう!」
ネヴァンの周囲から無数の黒い木刀が散弾銃(ショットガン)のように撃ちだされる。
「如何にもその通りだ。魔皇暗黒障壁(まおうあんこくしょうへいき)!」
ファージアスの正面に一枚の暗黒の壁が出現したかと思うと、飛来した全ての木刀が、壁の中に吸い込まれるように消滅していった。
「我は魔王(雑魚)共とは違う、魔力の大半を切り離し、死界を通るぐらいの小細工で地上に降臨など叶わぬ……」
役目を終えた暗黒の壁が消失する。
「召喚……招かれたという口実と、大量の魔力という贄が必要不可欠……」
ファージアスは隅に控えている琴姫に視線を一瞬向けた。
「貴様ら、魔王クラスの雑魚共が集い、戦うことで、ようやく束の間とはいえ降臨できるだけの魔の気が地に満ちた……すでにこの地は魔界……我の世界と化している」
「四方の法則すら超え、集いし魔性の狂宴……魔を統べる者に栄光あれ……なるほど、そういう意味だったか」
突然、世界が赤く染まる。
瘴気に蹂躙された迷宮の一室は、赤い月だけに照らされる真夜中の世界へと転じていた。
「直接、御尊顔を拝するのは初めてだったかな、闇の皇よ?」
赤い月から無数の蝙蝠が飛来したかと思うと、蝙蝠達は霧へと転じ、その霧が人型を成していく。
「モンスターキング(怪物の王)か……前に出すぎだ、新参者」
「失礼、まだ若輩の身なれば、ご容赦願いたい」
己が姿を完全に構築し終えた吸血王ミッドナイトは頭を深くたれて敬礼した。
「四方の法則とは我ら四方の魔王、フィノの茶番を口実に集う魔性の者達……例え、我ら四人が揃わぬとも、我らに匹敵する存在である電光の覇王、青雷の魔大公……それに、そちらの翠色の魔王殿……魔の力は、四魔王が揃う以上にこの地に満ち溢れている……」
ミッドナイトはちらりと、ネヴァンの方を見る。
ネヴァンの横には、最初からそこに居たかのように自然に、翠緑のマントをした人物が立っていた。
「そして、魔を統べる者とは、我ら魔王にあらず……全ての魔族の源である魔皇のことに他ならぬ」
「ふん……で、貴様は予言の確認だけのために、わざわざ姿を見せたのか、モンスターキング?」
「モンスターキングという呼ばれ方はあまり好みません……できれば、吸血王と呼んでいただきたい」
「黙れ、雑魚! 貴様ごとき雑魚、称号で呼んでやっただけでも感謝して噎び泣くがいいっ!」
ファージアスが右手を軽く突き出すと、数メートル先のミッドナイトに凄まじい衝撃が走る。
ミッドナイトは風圧のような衝撃にその場から動かず堪えてみせた。
「さて、用は何かと申されたか、闇の皇? 無論、もっとも新しき魔王として、貴方に我が力を知っていただきたく参った」
ミッドナイトの背中から赤い蝙蝠の刺繍が飛び立つと、彼の右手で深紅の両斬刀と化す。
「身の程知らずが……まあよい、我が直接教えてやろう、貴様の身の程をなっ!」
言い切ると同時に、ファージアスの姿がミッドナイトの前から消えた。
「魔皇降臨蹴(まおうこうりんきゃく)!」
頭上からの声に、ミッドナイトが上を見上げるよりも速く、暗黒の輝きを纏った足が、彼の脳天を蹴り抜く。
ミッドナイトは全身を床にめり込まされて、沈黙した。
「解ったか、身の程が?……ふん、そうだな、良い機会だ、全員まとめてかかってくるか、雑魚共?」
「…………」
セリュール・ルーツことセルは、無言でゼノンに視線を送る。
積極的にファージアスとやり合う気はないが、ゼノンがやるつもりならつき合ってもいい気分だった。
そのゼノンはフィノーラに視線を向けている。
「フリジットフルムーン!」
フィノーラの両手にそれぞれ、純白の満月のような輪が出現した。
「ふん、残ったエナジーでは武器を創るのが精一杯か、哀れだな」
「黙りなさい! いきなりいまさら出てきて、何もかも滅茶苦茶にして、いったい何様のつもりよ!」
フィノーラは二つの白き円月輪(えんげつりん)を投げつける。
円月輪には刃もなく、一見当たってもたいした威力もなさそうに見えた。
「フリジットフルムーンは触れた者を斬るのではなく、一瞬で凍結、さらに崩壊させる絶対零度の満月……闇皇よ、凍てつき消えろ!」
二つの白き円月輪は、自然の投擲ではありえない、まるで意志を持つかのような不可解な軌道で宙を自由に駈け、ファージアスに襲いかかる。
「くだらん」
ファージアスは特に何をしたわけでもない、ただ、飛来する円月輪を『視た』だけだった。
それだけで、円月輪は二つ共、存在する空間ごと、ねじ切られて、砕け散り消え去っていく。
「つっ!?」
「では、先程の問いに答えてやろう」
「……えっ?」
「ファージアス『様』だ!」
ファージアスが真顔でそう言いきった瞬間、フィノーラの体が左右に半分ずつ、それぞれ逆の回転で、空間ごとねじれていった。
「あっ、あああああああああああああああああああああああああっ!?」
「我は空間を支配する者、視るだけ……いや、想うだけで我は空間を完全に掌握できる」
「背後ががら空きだぞ、暗黒っ!」
声と共に、背後から漆黒の木刀が散弾のようにファージアスに降り注ぐ。
しかし、木刀は一本たりともファージアスに当たることなく、誰も居ない空間を通過していった。
「貴様も構って欲しいなら、ちゃんとそう言え、混沌よ」
声はネヴァンの背後から。
ネヴァンは背後を振り向く暇もなく、頭上からの凄まじい重圧で地に押し潰される。
ファージアスは床にめり込んで沈黙したネヴァンの後頭部を右足で踏みにじっていた。
「ん?」
ファージアスの耳に、咳き込むフィノーラの声が聞こえてくる。
「ああ、しまったうっかり、空間の拘束をといてしまった。許せ、今、楽にしてやる」
ファージアスは、吐血しながら咳き込んでいるフィノーラに左手を向けた。
そして、広げていた掌をゆっくりと閉じて……。
「翠玉疾風(エメラルドゲイル)!」
翠色の疾風が走り、ファージアスの左手の甲を浅く切り裂いた。
「ふん、原初細胞、貴様と黒き剣は身の程を知っているかと思ったのだがな……買いかぶりだったか?」
ファージアスはゆっくりとセルの方を振り返る。
「流石に、ネージュの娘を見殺しにするのは寝覚めが悪いので……愚かですね、私も……」
「ああ、愚かだ。雪やモンスターのような餓鬼と違って、我と己との格……次元の違いを知っていように……」
ファージアスは改めて、左手をセルに向けると、一気に掌を握りしめた。
直後、セルが一瞬前まで居た空間が『圧砕』される。
「避けたか……流石に、年季の分だけやるな……だが……」
セルの姿はこの部屋から完全に消え去っていた。
ちなみに、ミッドナイトが一撃で瞬殺されると同時に、赤月の深夜から、元の普通の迷宮の一室へと世界は戻っている。
「例え、別の世界に跳ぼうと、我が『手』から逃れることはできぬ……」
ファージアスの右手首が空間に溶け込むように消失した。
そして、ファージアスが右手を引き寄せると、顔面を鷲掴みにされたセルが姿を見せる。
「翠玉終極……」
「遅いわ! ダークシェイビング!!!」
ファージアスは一瞬で、壁際にまで移動し、セルの後頭部を壁に押しつけると、飛翔した。
セルの後頭部を壁に押しつけたまま、ファージアスは縦横無尽に部屋中を駆け回る。
ファージアスは、セルが沈黙したのを確認すると、着地と共に、セルを宙に放り上げた。
「さあ、潰されたいか? ねじ切られたいか? それとも……切り刻まれたいか?」
指先を僅かに動かすだけで、ファージアスは空間ごとセルを好きなように破壊できるのである。
正確には、ファージアスは想うだけで空間を自由自在に操ることができた。
視線を向けるのは、あくまで現象を起こす位置を特定するため、実際に掌で握り潰したり、指で斬るような仕草をするのは、起こす現象をよりリアルに『イメージ』するためである。
本当はねじ切る……空間螺旋と同じように、空間圧砕も空間断裂も視るだけで行えるのだ。
ただ、空間螺旋に比べて、他の空間干渉はイメージがしにくく、その分、威力や正確さを僅かに欠くのである。
「よし、決めた。刻んでやろう」
ファージアスは、人差し指と中指を立てた右手をセルの方に向けた。
「散れ……と?」
ファージアスは突然、指を引っ込めると、後方に跳び離れる。
次の瞬間、直前までファージアスの立っていた場所に巨大な剣の刃が突き出ていた。
「やれやれ、結局、貴様も同じか、黒き剣よ」
「セルのセリフを繰り返すわけではないが、見殺しにするのは確かに寝覚めが悪い……」
ゼノンは腰の鞘からゆっくりと剣を引き抜く。
「玩具だな、貴様にはあの黒き剣以外は似合わぬ」
「魔極黒絶剣は地上で使うには強すぎる……」
「確かにな、余波だけで地上を灰燼に帰しかねん……だが、別にどうでも良かろう、地上などどうなろうと……はあああっ!」
ファージアスの体から爆発的に瘴気と暗黒闘気が溢れ出し、再現なくその純度と高まりを増していった。
「我は貴様を過小評価はせん……貴様は我と同じだからな」
「一緒にするな……ふっ!」
ゼノンがファージアスと同じように体中から暗黒の闘気を放出する。
「受けよ、これが真の……魔皇暗黒拳!」
「獅王葬刃(ししおうそうは)!」
ファージアスが右拳から暗黒闘気を撃ちだすと同時に、ゼノンは全身で暗黒闘気を纏いながら、剣を突きだし正面から突進していった。
















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一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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